2011年3月28日月曜日

決意。

東北地方太平洋沖地震が発生した11日14時45分頃、私は打ち合わせの為、表参道に向かう地下鉄の中に居た。
その約4時間後に避難した職人さんの家で、この地震の震源地が宮城県沖で私のアトリエや家のある福島県いわき市も多大な被害を受けたという事を知った。
11日の出張の目的は来期A/Wの展示会の打ち合わせの為であったが、地震発生後の2〜3日間は展示会の事などは考えられず、ただ地元に戻りたいと思っていた。
しかし幸か不幸か交通は遮断され東京に居る事を余儀なくされた。
原発のニュースや津波の悲惨なニュースをただただ眺めているのを拒んだのかは私自身にもわからないが、何故か展示会をやらなければという思いが芽生え始めた、それと同時に不謹慎なのではという思いが倍以上の大きさでのしかかっていた。
その気持ちを見透かされたのか、居候させてもらっていた職人さんがある日突然飲みに誘ってくれた、自分は展示会をやるべきなのか?と質問した所、こうゆう時だからこそやるべきなのではないのか。との答えだった。
どうせ戻れねーんだからパターンと縫製の指示だしをやってから戻れ!展示会まで間に合う様に底付けはやってやるからよ!と言ってもらった。
それでもやって良いのか?という疑問符は完全には拭えなかった。
ただ、その日からもやもやとはしながらも展示会の準備を進めていた。
そんな中、知り合いのデザイナーさんから連絡をもらい一緒に食事をした。
そのデザイナーさんにも見透かされていた。木田さん、自分が何故、今このタイミングで東京に居て、地元に居ないんだと罪悪感を感じていない?例え地元に残っていて防波堤の前で木田さんが手を広げ止めようとしてもこの惨事は誰にも止められなかったよ。生きているんだから自分が出来る事をやろうよ!とその数時間後、連絡の取れなかった後輩から電話があった。
話によると後輩の家は津波に流され祖父母もお亡くなりになったという、言葉が出ず黙っていると後輩が木田さん展示会近いですよね?頑張って下さい。と言った。わかったと言って電話を切った後、涙が出た。そして決意が99%固まった、やろう!やってやろう!と、しかし1%の不安があった。まだ見ていない地元の惨事への不安だったのであろう。

3日前、福島県いわき市に戻り自分の生まれ育った街で津波の被害を受けた地区を見て来た。防波堤は流され家は殆ど残っていなかった。一生忘れられない光景になるであろう。
翌日、海の近くに建築事務所がある同級生に手伝いを嘆願すると展示会が近くて忙しいんだから大丈夫だよ!展示会がんばりなよ!とあっさり断られ、自分の決意は固まった!
ゆっくりだが、この街も復興に向けて動き出している。
本当に無力さをこの震災で感じ、しかし同時に微力だが自分が出来る事は靴を造る事しかないと感じた。

2週間延びる事になりましたが、Hiroshi KidaのA/Wの展示会は開催致します。
詳細は追って御報告いたします。

最後に展示会の開催等を迷っているデザイナーさん達へ、いつも通りで御願い致します。皆さんの素晴らしいCreationで1つでも多くの笑顔を被災地に届けて下さい。よろしくお願い致します。
生かされた私達が歩みを止めてはいけません。

2011年3月16日水曜日

ご心配をお掛けした皆様へ

Blogをご覧の皆さま、ご心配をお掛け致しまましたが、私は無事です。
地震の時、たまたま東京に出張していた為今も東京にいます。
家族、親族、友人等も皆無事でした。
ただ、私の工房のあるいわき市も地震の被害が大きく心配しています。
後輩の家は津波で流されてしまいました。
今回の地震で人の優しさと自分の無力さを感じています。
また更新します。

2011年3月7日月曜日

facebookで途方に暮れる

Blogを御覧の皆さん今晩は!
twitterのお気軽さに甘えBlogの更新を完全にさぼっていた木田です。
数日前にはfacebookに招待されアカウントを作ったのですが使い方が全くわからずパソコンの前で他の方々が投稿した画像やコメントに対してやたらと『いいね!』をクリックしています。
そんなfacebookに翻弄されている、いいね!木田の靴が雑誌に掲載されました。

こちら!

そうです!FINEでもBOYでもないおっさんの靴がまたまたFINEBOYSに掲載されました!
中身はこちら!


興味のある方は是非、御覧になって下さい。
また先月だったかな?
韓国のフアッション誌『J BOOK』という雑誌にCANNABISの括りでHiroshi Kidaの靴が紹介されました!
CANNABISさん有り難うございます!
そして韓国の皆さん、アニュハセヨ!では!